抵抗の「元気」
自治行政の展開のなかで、「住民」が無視できない政治力として登場したのは「住民運動」としてでした。
今日では旧聞に属しますが、「住民運動」に関する記事が新聞の全国紙の第一面にまで登場するようになり、住民運動という言葉が通用しはじめたのは、ほぼ昭和40年前後でした。
特定の言葉の流通は、それが表している事態や現象が広く人びとの注目を集め関心を引きはじめることを意味しています。
ジャーナリズムにおける言葉の流通が時に特定事象の誇張されたイメージの伝達となることがあるにしても・・・
広く人びとの関心ないし共鳴をよぶものと考えられないかぎり、そうした流通化への動機は起こらないでしょう。
そして、人びとの関心ないし共鳴は特定事象への共通の問題意識ないし課題意識の発生を告げているのです。
昭和40年前後までは「市民」運動という言葉が広く用いられていました。
しかしこれに代り、あるいはこれと併用されて「住民」運動という言葉が多用されるようになったことは、「市民」とは区別される「住民」という新しい運動主体の登場を示していました。
善き政治主体の証しとしての「市民」には、自他の利害の合理的計算、利害関心における「私性」の克服、行動における教科書的な行儀のよさなど、総じて存在基盤におけるあやふやさが常につきまとっています。